東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2294号 判決 1965年12月22日
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張はつぎのとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 被控訴代理人はつぎのとおり述べた。
(1) 本件手形の振出地、支払地はともに埼玉県入間郡鶴ヶ島村であり、また受取人欄は白地で振出されその補充権が付与されていた。
(2) 本件手形は田辺初恵が昭和三九年一月二四日取得し、かつ同時に名宛補充権を得、被控訴人は右初恵から割引依頼を受けて同月二五日これを割引き右手形を取得した。そして同年五月中旬補充権にもとづき受取人欄の補充をした。
二 控訴代理人はつぎのとおり述べた。
(1) 控訴人は原審において被控訴人主張の請求原因事実を認めたが、これは事実に反しかつ錯誤にもとづくから撤回する。右請求原因事実中本件手形振出の点は否認、被控訴人が田辺初恵から右手形を裏書譲渡を受けたとの点は知らない。
(2) 被控訴人主張の前記一の(2)の事実は否認する。とくに被控訴人は本件手形受取人欄を補充したと主張しているが右手形をみてもその事跡はないからその余の点を判断するまでもなく本訴請求は失当である。
(3) 本件手形は昭和三九年一月二二日訴外天野政英方において開帳された賭博場において控訴人が酩酊不知の間に右天野または田中覚次が権限なくして控訴人の印章を使用して控訴人名義で作成した偽造手形である、故に被偽造者たる控訴人には本件手形上の責任がない。
(4) 本件手形が右のように偽造手形でないとしてもつぎのとおり被控訴人は悪意の手形取得者である。すなわち本件手形が振出された昭和三九年一月二二日控訴人は賭博に負けたが賭博金を収受する地位にあつた天野政英は元来不法原因給付として法律上の保護に値しない違法行為による債権実現のため手形を利用することを企てまず右賭博金支払のため控訴人をして本件手形を振出さしめ、ついで田辺修一を介し被控訴人方に持参させて割引を依頼した。
被控訴人は天野および田辺修一と親交ありすでに本件手形と同趣旨の原因関係にもとづく手形の割引をしていたと推察されるが、本件手形の宛名人欄が白地のため手形面上直接の当事者となり原因関係上の瑕庇にもとづく人的抗弁の対抗を受けることをおそれ抗弁遮断のため右田辺修一の裏書を求めたところ、修一は前記賭博場にいて手形振出のいきさつを詳知していたので同人の妻である第一審被告田辺初恵名義を用いて裏書をなし手形を被控訴人に交付して割引名下に被控訴人から金員の交付をうけ、さらに右金員を天野に交付したものである。従つて被控訴人は控訴人が裏書名義人たる田辺初恵(実質的には天野)に対し前記人的抗弁を対抗しうることを知り、かつ自己が取得すれば控訴人において抗弁を対抗しえず利益を害されることを知りながら本件手形を取得した悪意の取得者である。よつて控訴人は天野に主張しうべき原因関係たる不法原因給付を理由として被控訴人に対しても本件手形金支払義務のないことを主張する
(立証省略)
理由
被控訴人の主張によれば被控訴人は約束手形の手形権利者として手形の振出人たる控訴人に対し手形金の支払を請求するというのであり、被控訴人が金額二〇万円、振出人控訴人、振出日昭和三九年一月二二日、支払期日同年五月三〇日、支払地および振出地埼玉県入間郡鶴ヶ島村、支払場所埼玉銀行坂戸支店なる記載のある約束手形一通を所持していることは控訴人において明らかに争わないところである。しかし、さらに被控訴人の主張によれば本件約束手形は受取人欄は白地で振出されたがその後昭和三九年五月中旬補充権にもとづき補充されたというのであるが、被控訴人が右手形であるとして提出した甲第一号証の約束手形をみても受取人の記載がなく、本件最終口頭弁論期日までにこれが補充された形跡も認められない。しからば被控訴人は本件手形によつて手形上の権利を行使することができないこと明らかであり、従つて被控訴人の本件請求はその余の争点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。
よつて本件控訴は理由があるから原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。